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映画「エターナル・サンシャイン」の感想

テレビで映画を放送する一番の利点は、隠れた名作に出会うことができる点にあると思う。
しかも深夜の映画は夜の雰囲気も相まって、結構名作に出会う確率が高い(いや、夜は関係なかった)

「ある日どこかで」も「心の指紋」も、みんな深夜放送だった。

そして、久しぶりに掘り出し物発見。それが「エターナル・サンシャイン」だ。

この映画を撮った監督はミシェル・ゴンドリーという人だが、この人は「僕らのミライへ逆回転」という映画を撮った人でもある。

さてこの映画、何が一番面白いかというと、僕個人としては消されていく記憶の描写と、ミステリーのようなストーリー展開と、物語のオチだ。
そして、その土台となっている哲学。

なんの予備知識もなく観た映画なので、無心で観ることができたのがよかったのかもしれない。
たった一つの予備知識とすれば「失恋の苦痛から逃れるために、恋愛の記憶を消す」ということだけだった。

あまり詳しく書くとネタバレになるので触れないが、僕はあのオチは最高に好きだ。
ストーリーが進むとある程度オチの推測はつくのだが、素直な伏線のおかげで違和感なく受け入れられる。

そして何より土台となっている哲学について。
キャラクターによって語られてもいるその哲学は、まさに現代に通じる哲学だと思う。

「忘却はよりよき前進を生む」(ニーチェ)

これを文字通り読めば、主人公達の行為は正当に思える。
だが、その過程を追っただけでは映画にはならない。
映画のストーリーとして成立させるためには、やはり価値観の逆転が必要なのだ。
その逆転を担うもう一つの哲学がアレグサンダー・ポープの詩だ。

「幸せは無垢な心に宿る。忘却は許すこと。太陽の光に導かれ、陰りなき祈りは運命を動かす」
(アレグザンダー・ポープ)

「忘却は許すこと」という部分の言語は「the world forgetting, by the world forgot」というので、もしかしたら本当のニュアンスは違うのかもしれない。
ちなみに、「太陽の光に導かれ…」という部分が、映画の原題である「Eternal sunshine of the spotless mind」で、「無垢な心の果てしない陽光」というらしい。
この詩が書かれたのは1717年らしいので、もしかしたら今の訳は通用しないかもしれない。
ただ、日本語訳でも十分意味は通じると思う。
つまり、ニーチェとポープを続けて読めばいいのだ。

忘却はよりよき前進を生む。
忘却は許すこと。

つまり、「忘却」=「許すこと」であり、「許すことでよりよい前進を生む」ということではないだろうか。
物理的に記憶を消し去るのではないのだ。記憶を消すだけでは、また同じことを繰り返す恐れがある。
そうではなくて、許すことでその出来事を手放し、次へ進もうということだ。
そして、これがこの映画のテーマであり、そのテーマだからこそ、映画のオチはあれで良い。
オチがあれで良いからこそ、伏線もキャラクターもあれで良いのだと思う。

とにかく記憶が消えていく過程は秀逸。
記憶が消されていく過程で登場した海辺の家のシーンで、主人公とヒロインが向かい合う姿には、キャラクターに同調してしまった。脚本も確かにいいが、演出も好きな方だ。

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