小説作法

他人と話をすることの重要度がハンパない

今日、午前中から僕はフィクションのストーリーを考えていた。
家のソファーに座って、テーブルの上にノートを開いて、思いついたことを片っ端から書き留める準備を整え、物語のあらすじを考え始めた。

しかし、いざ作業を初めても、何も浮かばない。
半日考え込んだが、物語の舞台とプロローグくらいしか作れなかった。
昼ごはん食べたら、気分転換になるかと思ったが、変化なかったので諦めた。

やる気をなくした僕は気晴らしに友達の所へ行った。
彼の家の近くにあるカフェでコーヒー飲みながら話をしていた。
その流れで、午前中に思いついた物語のプロローグについて、第三者の感想を聞きたくなったので、友達に「物語思いついた」と話した。

すると、最初の方しか思い浮かばなかったストーリーが、話しているうちにどんどん膨らんでいき、僕は即興で語り始めた。
即興は調子よく続き、最終的なエンディングまでたどり着いた。
友達は笑い転げなから聞いていた。
手応えがあったというわけだ。

一人で悶々と考えていた時は全く沸いてこなかったアイデアが、考えながら話すことで、脳細胞に火がついたようだった。
おかげで、ほんの30分話しただけで、あらすじが出来上がってしまった。
これはなかなか面白い体験だった。
話すことで考えが研ぎ澄まされるのだろう。
余計な雑念が消え、想像力に集中することができた。そんな気がする。
即興もたまにはいいものだ。

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