日記は大変だから週記にしようかな

義務になるとちょっと疲れるしおっくうになる。
義務にも色々あるが、自らに課す義務が必然出ない場合、時間の無駄に感じてしまう。
そもそも、毎日書くことなんてそんなにないのだ。

だから、日記ではなく週記にしようと思う。
1週間であればなにかしら書くことがあるだろう。
1週間何も感じず考えずに過ごすわけはないはずだから。

というわけで、まずはチャレンジしてみます。
まずは明日から。

ずっと探していたものが、一つずつ見つかってる

今まで「自分は何のために生まれてきたんだ」と思っていましたが、
別にそんなに深刻に考えるほどのことでもありませんでした。
時期が来ればおのずと答えが出るもののようです。

やはり「経験」というのが重要で、それがあるからこそ最終的な答えが出るのだと思います。情報だけ与えられても実感できないんですね。

1行目に対する自分の答えは「やりたいことをやればよい」です。
生まれてきた以上、その生命は自由です。

なのでやることにしましたが、それには色々と資金が必要なんですよね~
おまけに誰のためでもない自分のためで、ほとんど趣味の世界なので、
クラウド・ファウンディングにも出せないし。

まぁ、でも目標があるのは良いことなので、コツコツやっていきます。

働く動機の違い

生きていれば、きっと「私は何をやっているのだろう」と思う時がある。
そういう時は少し立ち止まって、想像できる範囲の「未来」を想ってみると良いかもしれない。
もしその「未来」が今の自分に「前へ進む力」を与えてくれるものでなければ、
それは「道が違う」ということにならないだろうか。

余計なお世話かもしれないが、

あなたは自由で、世界は広い。

どうかみなさん、自分を過小評価しないでください。
この世を過大評価しないでください。
仕事も生活も、絶対的な不文律はありません。

無駄な忍耐は終わりにして、
無駄な人間関係は断ち切って、

あなたのいるべき世界を探しに行きましょう。

3月1日

さてさて、2015年も残すところあと10ヶ月。
ブログも引っ越しして、この1ヶ月ほどせっせとカスタマイズに勤しんできましたが、あまりにものんびり過ぎてちょっと焦りが出始めた今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか?

今年中に電子書籍の第1巻を発行するつもりでいるのですが、まだプロット書いてる段階です。

400字詰め原稿用紙換算で、だいたい100枚くらいは書き進んでいるのですが、プロットがまだ弱いという実感を得たため、一度執筆を中止して、プロットを練り直しているところでございます。

しかし、兼業作家は時間の捻出が一番のやっかいことで、なかなか時間を作ることができず、プロットも思うように進みません。

で、最終手段として生活パターンを変えることにしました。

今までは、仕事から帰って寝るまでの間に執筆時間を設ける努力をしたのですが、家族の者が活動している時間帯では集中力を維持することが不可能であるため、朝型の生活に切り替えることにしました。
朝5時か6時に起き、1時間から1時間半程度の時間を毎日作れば、それなりに執筆も捗るはずです。

今は夜型生活を朝型に変える訓練期間で、今日も6時に目は覚めました。

とにかくそろそろ本格的に活動する時期が来ています。
ブログもできるだけ頻繁に更新していくつもりですので、今後ともよろしくお願い致します。

天国とはどんなところだ?

今日懐かしい友人に会った。
たぶん5~6年ぶりぐらいの再会だと思う。
しかし、彼は全く変わっていなくて、笑顔も声も昔のままだった。

それはそうと、懐かしい友人が
帰ってきたということで、共通の仲間で集まろうという話になったのだが、そこからが大変だった。なかなかみんなの都合が合わないのだ。
日時をパズルのようにいじくり回してもダメ。結局未だに会合日は決まっておらず、懐かしい友人は時間切れで本来の居場所に帰って行くことになってしまった。

そこでふと思った。
「これが天国だったら、スムーズに決まっていたんだろうか。いや、そもそも天国とは、何をもって天国なのか?」

この世はとても天国には見えない。
なぜなら理不尽や不条理が日常に氾濫しているからだ。
この世では努力によって不公平を正すことはできない。一人の人間が持つ力は、悲劇的に弱く、正義が常に勝利するとは限らない。

ならば、天国ではすべては公平なのだろうか?
あっちが立ってこっちが立たないということはないのだろうか。
憂いのない日々を送ることが、実際に可能なのだろうか?
今回は仲間内の都合が合わなかったわけだが、そんな微細な理不尽さえ、天国では克服できるのだろうか。

もうほとんど仏教哲学の分野だが、そんな理不尽にすらこだわらない先に、本物の平安があるのだろうか。
であるなら、人間が日常の中で続けて行く進化の先は、天国ではないのだろうか。

しかし、それはちょっと寂しい。
願わくば、人間の進化がこの世の不条理や理不尽を克服して、みんなが安寧に暮らせる世界を作り出すことができれば、わたしも生きている甲斐がある。
わたしがこの世に残す痕跡が、たとえ微細な指紋だとしても、それが進化の道筋に影響を与えるかもしれない。
であればこそ、個人的な精進も無駄にはならないと考えれば、少しは救われるかな。

きっと現代人はこの言葉を聞きたがっているんだと思う。
曰く「君の人生は無駄じゃない」