不自然な無理をしない

物事を無理やり進めてもうまくいかない。それどころか、負の反動がある場合もある。

夢を追いかける場合も、まずは自分の日常生活を営みながら、その生活の中でできることをする。
もし天命があれば、その努力は報われる。
ただし、どのタイミングであきらめるかは本人の自由。あきらなくても全く問題ない。

次の課題は、天命とは何か?
これを擬人化せずに納得できる説を考えたいと思う今日この頃。

おわり

今日の総括

信念を貫け!
感情に溺れるな!

一度決めたことなのに、なぜか決めた通りの行動を取れないことがあるが、それは大抵感情に流されたことが原因だった。

感情はきっと災いなんだと思う。
いい影響をもたらす場合もあるのかもしれないが、副作用が洒落にならないほど悪影響を及ぼす。
人間としての進化の第一歩は、感情をコントロールすることから始まるのかもしれない。

今日の事だけ考える

朝起きて、今日することを考える。
明日以降は気にしない。
予定を立てないという意味じゃなくて、未来の事を思い悩まないということ。
人生は事業計画とは違う。
利益の事は考えなくていいのだ。

友達

今日は午前中から大忙し。
朝は前の職場の友達と会い、夜は学校の友達と会った。
最近は気持ちが下降気味だったけど、友達と他愛もない話をしただけで、元気を分けてもらったように気持ちが軽い。

その友達も言っていたけど、気持ちが落ちている時は、無理矢理でも外に出て、人と会った方がいいそうだ。
もちろん、会う相手は慎重に選ばなければならないが、元気を分けてくれる相手であれば、きっと気持ちも楽になる。
具体的に言うと、悲壮感が消え楽天的な余裕がでる。
そしてなにより、気が紛れる。
友達とは、やはりただの知り合いと違う。縁でつながる人々は、自分の人生に欠かせない守護者でもあるのだ。
ありがたいことだ。

他人との共存は、確かに自分のペースで進まなかったり、自分の価値観と合わなかったり、自分を押し殺さなければならない時もあるだろう。
しかし、民度の高さが秩序と自己主張のバランスに依るように、自我を抑制することで得られる縁は、人生を豊かにする。
その場合の抑制とは、ストレスを伴う我慢ではなく、友人を尊重する心だ。
そう思える相手だからこそ、きっと友達でいられるのだろう。

僕はまだまだ未熟で未完成だが、彼らはこんな僕の友達でいてくれて、こうやって誘いの連絡をくれるのだ。
「いやー、ちょっと気が乗らないから」と断るなんてもったいない。

まだまだ。。。

状況に影響を受け過ぎてる。
外界に流される。

しかし、原因がわからない。
わかっているのは心に余裕がないことだけ。

ところがこんどは、なぜ余裕がないのかわからない。

原因はなんだ。
金持ってたら余裕が生まれるのか?
やりたいことやってたら生まれるのか?

でも、この世には金持ってる人だって、好きなことを仕事にしてる人だって、心に余裕ない人はたくさんいる。

だから原因がわからない。
もう少し考えよう。
思い悩むんじゃなく、論理的に考える。

仏陀だって悟り開くために徹底思考の瞑想したって言われてるし。

まぁ、いってみれば「研究」の一種だと思う。理論物理と同じ。