自分の脳は信用できない

脳って結構曲者だわ。
今までこんな奴に振り回されてたのかと思うと、我ながら情けなくなる。
実際、視覚すら勝手に偽装するからね。
カメラと見た目の印象が違うのもそのせい。
例えば旅行先で壮大な風景に出会って、それをカメラにおさめても、
いざ家に帰って写真を見たら「あら、こんなんだっけ?」と思ったりする。

まぁ、細かいことはいいんだけど、とにかく言いたいことは、
脳が発する信号(欲求)を鵜呑みにしてはだけだってことだ。
こいつはいわゆる貧乏神とか憑依霊の類で、自分に悪影響を与える。
特に「欲求」は始末が悪い。
欲求はエスカレートする。

お坊さんや修道士が禁欲生活する意味がわかるよ。
実際要らないからね。欲求とか。
欲求にまかせて買い物とかして、身になった物なんてないもん。

しかし、脳の処理能力は異常に早いから、その欲求に至るまでのステップがわからず、誤解してしまうのだ。
どういう誤解かというと「自分が思いついた」とか「自分の考え」という誤解。
でも実は「自分の考え」じゃなくて「脳が創りだした考え」だったりするから怖い。
で、後で気がついて「なにやってんだオレ」とかなる。

ではどうすればいいかというと、まず自分の考えを信じない。
この場合、論理的な思考を信じないというのではない。
ふと浮かんできた考えや欲求や思考を信じないということだ。
とにかく脳は刺激を求めてエスカレートする。

ガラケー復活

スマホのバッテリーが死んだようだ。充電してもあっとうまになくなり、あげく起動しなくなった。

で、過去機のガラケーを復活。SIMカード差し替えて使ってます。

2年近く放置してたのに、再起動できるとはさすが日本製(スマホも日本製だけど、突貫工事の機種はショボすぎ)

ところで、ガラケーの方が通信費も安いし、なんといっても電話機としてはよくできている。
おまけに使用実感として、ネットをするにはスマホは小さすぎる。

だからガラケーに戻そうかと思う。
バッテリーを買った上に高いパケ代払うより、
携帯は電話専用として、ネットはモバイルルーターとタブレットの方が実用的だ。
GPSもまったく使ってないし。方向音痴じゃないし。

ということで、スマホはもう使いません。

困った

最近は常にイライラしている。

いやだなあ。
なんなんだろうなあ。
脳みそ交換したいなあ。
バグってんじゃないマイ脳。
はぁ。。。

タイトル考えるの面倒なほど支離滅裂

欲しいものがある。

まずPC。今持ってるのは古過ぎて動作遅すぎ。PCはimacが良い。

あとソフト。adobe csが欲しい。design standardで良い。でも高い。

さぁて、金稼がないとな。どうやって???金のためだけに仕事するなんて無理なのに。
適応できる職種が限られるのも困ったもんだ。
ほっとけ。何が悪い。世の中色んな人間がいるんだ。
あんたみたいにできない人間が、人間的に劣ってるとおもったら大間違いだよ。
あんたみたいにできる人間は、その部分だけ長けてるだけだ。

うん。一歩間違えたらただのヒガミだな、こりゃ(笑)
何かできる才能を持っているのはいいことだ。

まぁ一人愚痴はこのくらいにしておいて、欲しいものなんだけど、
今すぐ買わなくても、今持ってるものでなんとかなるから困ったもんだ。
買えば作業は快適になるけど。

で、最終的には「ま、いいや」となる。
最近の志向パターンはいつもこう。
なんかこれって、気にならなくなったとかじゃなくて、無気力方面に落ちていってるだけのような気がする。

いや、考えるのはやめよう。
考えなくてもできることが、今自分のやりたいことなのだ。
作業しろ!仕事しろ!望みを叶えろ!
動け動け動け!

ってなわけで、今日仕事が終わったら本買いに行きます。
こないだネットで買ったものとは別の本で、まさに「こんな本欲しいなぁ」と思ってたやつでした。

でも、まずは本屋で内容確認して、自分のやりたいことが実際に書いているか確認しよう。
で、「うん、使える」ということであれば購入しよう。

気がつけば、今週の労働日も今日を除いて後1日。
願わくば今の僕の行動が、未来の好転につながってますように。

こなす日々

淡々と過ぎていく。
心をどこかに置いてきたのかと思うくらい、何も感じない。
何も感じないと、何も書くことがないから困ったものだ。
最近はノート一冊買うのも躊躇する。
無駄になることを恐れている。
そのくせ、昼ご飯は高いもの食べたりする。
あ、そういえば昨日ネットで本買ったんだった。
なんなんだ、いったい。

今日は比較的仕事した。
誰に逆らうこともなく。

いまだ生きる楽しみわからん。
人々は何が楽しくて生きているのか。結局死んでゼロになるのに。

いやいや、「記憶に残る」とか「子孫を残した」とか言わないでよ。
死んだらそんなこと関係ないし。

ぼくが生きている理由で、最も新しいものはこれだ。

「ただいま<ぼく>を体験中」

これで少し冷静になれた今日この頃。

出来事は出来事として受け入れる。
出来事が起こる理由は分からない。
自業自得なら、理由は一目瞭然だから、対処できる。

でも、どうにもならないことは、やっぱりどうにもならないので、考えるのをあきらめて、とりあえず次を目指す。
そうすれば、その出来事が活きてくる日もあるかもしれない。

とにかく今は淡々と生きる。
そういう生き方を、自分の脳に染み込ませている。
今はそんな期間なんだと思う。